職場の人間関係。特に看護助手という、看護師さんや患者さん、ご家族など多くの人と関わるお仕事をしていると、その「距離感」に迷うことはありませんか。
わたしも、今の職場で働きはじめてからずっと、このテーマに向き合い続けています。誰とでも仲良く、明るく振る舞えるのが理想だと思っていた時期もありましたが、現実はそう単純なものではありませんでした。
今回は、わたしが現場で感じている「近すぎず、遠すぎず」という距離感の難しさについて、いま感じていることをそのままお話ししてみたいと思います。
目次
新人の頃、わたしは「早くチームの一員として認められたい」という焦りがありました。休憩時間や、ちょっとした移動の合間など、一生懸命に周りのスタッフの方々に話しかけていたことを覚えています。
でも、ある日、ふと気づいたのです。忙しく立ち回る看護師さんや、集中して作業をしている先輩たちにとって、わたしの「仲良くなりたい」という気持ちが、少しだけ重荷になってしまっているのではないか、と。
「コミュニケーションは密なほうがいい」という理想と、現場の「あうんの呼吸」を邪魔してはいけないという現実。そのグラデーションの中で、どこまで踏み込んでいいのか分からず、急に何も話せなくなってしまった日もありました。打ち解けたいという善意が、時として空回りしてしまう。そんなもどかしさは、今でも完全には消えていません。
看護助手のお仕事はチームプレイです。だからこそ、お互いの性格や考え方を知っておくことは大切だと言われます。でも、プライベートなことをどこまで共有すべきか、という問題にはいつも頭を悩ませます。
職場の休憩室で、家族のことや休日の過ごし方について盛り上がっている輪。そこに参加して楽しくお話しするのも一つの形ですが、どこかで「知られすぎてしまうこと」への不安を感じている自分もいました。
深く知り合うことが信頼に繋がる一方で、ほどよい距離があるからこそ守られる「自分自身の聖域」のようなものもある。最近のわたしは、無理にすべてを開示しなくても、仕事を通じた信頼関係があれば、それでいいのかもしれない、と考えるようになっています。でも、ふとした瞬間に「もっと親密になるべきなのかな」と揺れ動くことも、まだあります。
距離感に悩むのは、スタッフ間だけではありません。患者さんとの関わりも、非常に繊細なものです。
看護助手は、患者さんの身の回りのお世話を通じて、一番身近な存在になることがあります。「セラさん、いつもありがとう」と言っていただけるのは、本当にうれしいことですし、大きなやりがいになります。でも、その方の辛い状況や寂しさに感情移入しすぎて、仕事が終わって家に帰ってからも頭から離れなくなってしまう。そんな時期がありました。
寄り添いたいという思いが、いつの間にか、自分と相手の境界線を曖昧にしてしまう。それでは、長くこのお仕事を続けていくことは難しいのだと、先輩から教わりました。冷たくするのではなく、かといって近寄りすぎもしない。「透明な距離」を保つことの大切さ。これは、医療現場で働くわたしたちが、自分自身の心を守り続けるために必要な、とても難しい技術なのだと感じています。
こうして考えてみると、職場の距離感に「たった一つの正解」なんてないのかもしれません。相手によって、場所によって、そしてその時の自分自身のコンディションによって、最適な距離は刻々と変わっていくものだからです。
今日は一歩引いて静かに見守ろう、明日はもう少しだけ勇気を出して声をかけてみよう。そんなふうに、毎日少しずつ調整しながら歩んでいく。それでいいのかもしれない、と今は思っています。
完璧な距離感をつかめなくて、一人で反省してしまう夜があるのは、あなたが相手のことを真剣に考えようとしている証拠です。その誠実さがあれば、不器用な距離感であっても、伝わるものはきっとあるはず。少なくとも、わたしはそう信じてみたいと思っています。
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