看護助手の現場に向かう足取りが、鉛のように重たく感じられる朝があります。
「今日はなんだか、すごくしんどいな」
そう感じたとき、わたしはいつもその理由を探してしまいます。昨日は忙しかったから、とか、腰が少し痛むから、とか。目に見える「理由」を見つけて、自分を納得させようとしていました。でも、本当の意味で自分を動けなくさせていたのは、もっと別の、目には見えない「何か」だったような気がしています。
今回は、仕事がしんどいと感じる日の、その「重さ」の正体について、答えの出ないひとりごとを綴ってみたいと思います。
看護助手のお仕事は、確かに肉体労働です。一日に何度も行うおむつ交換、体位変換、シーツ交換。これらが体に負担をかけるのは間違いありません。でも、本当に「しんどくて動けない」と感じる日の重さは、筋肉の疲れとはどこか質が違っていました。
それは、自分の感情を「無」にして働かなければならない、あの瞬間の重さだったのかもしれません。怒鳴り声をあげる患者さんに笑顔で接したとき。忙しさのあまり同僚と一言も言葉を交わさずに終わった数時間。自分のこころが動きたがっているのに、それをギュッと押し殺して、ただ「作業」をこなしていく。
もう一つの重さは、「誰にも見られていない」という感覚から来るものだったのかもしれません。
わたしたちが丁寧に行ったベッドメイキングや、患者さんの肌のわずかな変化を察知したこと。それらは、多くの場合、誰かに褒められることも、注目されることもありません。淡々と、当たり前のこととして現場は進んでいきます。
もちろん、誰かに認めてもらうためにやっているわけではないけれど、自分の努力が「当然」として空気のように扱われ続けると、心は少しずつ潤いを失っていきます。その渇きが、知らず知らずのうちに「しんどさ」という重りになって、心に沈殿していた。
しんどさの正体を知ったからといって、その重さが消えるわけではありません。むしろ、正体を見つめることは、余計に今のつらさを際立たせてしまうこともあるかもしれません。
でも、「あ、今日しんどいのは腰が痛いせいだけじゃなくて、心が少し寂しがっているからなんだな」と気づいてあげること。それだけで、自分を責める気持ちが少しだけ和らぐことがあります。原因が分からないまま「甘えだ」と切り捨てるのではなく、いま自分を苦しめているものの存在を、そのままに認めてあげる。
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